静岡高生研(静岡県高校生活指導研究協議会)

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Aさんへの手紙

 

                                                                   5月19日 大方宗太郎

  校務内外の務めにお忙しい毎日のことと拝察します。

 さて、昨日の県の常任委員会で、事務局長のOさんから夏の全国大会のパンフをいただきました。カラ−写真を配置した見栄えのいいパンフです。ご覧になりましたか。今年の大会の新機軸は二日目夜の全生研とのコラボ企画のようです。小中の先生方とどんな話を交わせるか楽しみですね。

パンフの最初の頁に大会日程が掲げられています。2004年の静岡大会は三泊四日でした。前日から泊まり込んで「歓迎の夕べ」の準備に追われたことを思い出します。翌年から、今のような二泊三日に変わったのでした。全体的に圧縮日程になったのは余儀ありません。その煽りというべきでしょうか、今年は『高生研総会』が最終日の最終行事に組まれています。というより、「別れの集い」が終わって昼食をはさんだ後ですので、形の上では『アフター企画』のような扱いです。この設定だと、普通の人はそのまま帰ってしまうのではないでしょうか。私なら『別れの集い』に出た後、昼食をとりながら帰路につきます。「総会には出なくてもいいよ」と言われている気がします。

よほどの事情があったのでしょう。昨夜帰宅して、2月17日発行の「高生研〔新〕全国通信」を開いてみました。7頁以降に、大会グループのチーフ=久田さんの文章が掲載されています。そこに、パンフとほぼ同様の大会日程が載っていました。私は、迂闊にもこの日程を読み飛ばしていました。久田さんも特に触れていません。既定事項という扱いです。ということは、通信発行前に開かれた昨年12月の「全国フォーラム」でこの日程は決められたのでしょう。Aさんは「フォーラム」に出席していますよね。そこで大会日程や「『総会』の場所」について議論はなかったのでしょうか。推測すると、二日目の夜に大会の目玉となる『コラボ企画』を置いた関係で、『総会』の場がなくなって、最終日の最後に“やむなく持っていったのではありませんか。事情はあるにしても、果たしてこれでいいのでしょうか。

私は二つ問題があると思います。一つは、言うまでもないことですが、「総会」をこういう扱いにすることの問題性です。そもそも論、になって恐縮ですが、年に一度『全国大会』を開くことの意味・目的は何でしょうか。実践の発表や学習ももちろん大事ですが、一番の目的は、『高生研』が組織としての意思決定を行うためです。一年間の活動を総括し次年度の予算と活動を決定することが最重要の案件です。その場が『総会』です。そうであれば、大会日程を組むに当たっては、何よりもまず「総会」の日程を優先して入れるべきです。『コラボ企画』が動かせないから、というのは理由にならない、少なくとも正当化できる理由ではない、と私は思います。どんな組織でも、それが民主的性格を謳うものなら、会社からPTAまで、「総会」が最重要機関のはずです。「出なくてもいいよ」と思わせるような時間帯に設定するのでは、高生研の組織のあり方が問われます。

二つ目は、新全国高生研の決定手続きの問題です。私は新全国通信の創刊号に「新『会員通信』に期待する」と題して一文を寄稿しました。関係する部分を引用します。

新全国高生研はグループに集う有志が会の活動を担う。…『やりたい人がやる』活動スタイルに変わった。…それは、おそらく、自発的組織としての高生研によりふさわしい活動形態なのだろう。しかし、問題がないわけではない。有志以外の会員の考えや意見はどう反映されるだろうか。周知のように、支部が廃止され全国委員会もなくなった。会員が支部代表を通して意見表明するルートはなくなった。…有志活動に会員の意向をどう組み入れ、民主制のルートを確保するかということは新全国高生研の大きな課題だろう。(2012年11月26日発行、45頁から)

率直に言うと、「やりたい人がやる」活動スタイルの問題性が早くも現れた、と言っていいと思います。昨年12月の「全国フォーラム」には会員個人の意見は求められていません。大会日程は既定のものとして降ろされ、パンフに印刷されて初めて気がつくような按配です。私はメールマガジンに登録していないので意見表明のルートはありません。もちろん、意見を求められることもありません。最重要であるはずの「総会」が片隅に置かれても、不満を言う機会がありません。かくては、民主制は形骸化するばかりです。久田さんは先の通信で「50年前、生活指導運動という画期的な教育運動を始めた先輩方の意思を、次の50年に引き継いでいく」決意を語っています。しかし、問題は先輩方の何を引き継ぐか、ということです。

以上、大会日程について異論を書きました。この時点で何を言っても無駄であることは承知しています。それでもなお、問題提起をする意味はあるだろうと思います。問題視する意見がなければ、来年度以降も同じことが繰り返されるかもしれません。そう思って駄文を弄しました。貴重な時間を取らせました。失礼します。

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COMMENTS

組合の地区の総会はものをつくって食べる(かつ飲む)場を兼ねています。もう10年ぐらい。フランス革命に出てくるテニスコートの誓いも、食い物があったから集まったとか?総会も、そういうくだけた形式でよいかもですね。昼食会を兼ねればよかったのにと思いました。いっしょによく食べる機会こそ、いっしょによく話し合える場かも。
大庭 蚊帳郎  2013/05/20 21:52





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